11.14.2015

ぼくがハイモジモジさんを尊敬する理由

皆さんは、「デングオン」という商品をご存知でしょうか。2010年創業の夫婦二人のユニット、ハイモジモジさんが作った商品です。動物の形をしたメモで、メッセージを書き、パソコンのキーボードの隙間に立てておけるものです。一度は目にしたことがある方も多いと思います。

その「デングオン」は、文房具業界では「キーボードメモ」と呼ばれ、「キーボードメモ」という新しい概念、文化を文房具業界に築き上げたすごい商品です。今では「デングオン」を模倣した商品がさも当たり前のように出回っており、文房具業界の悪しき習慣の洗礼を受けています。

世間ではハイモジモジさんは、文具メーカーという認識をされているかもしれませんが、ぼくは、ハイモジモジさんは、ただの一文具メーカーではなく、カルチャーメーカー、つまり文化を作り出そうとしている唯一無二の会社だと思っています。

文化とは生活様式、人々の生活の中に自然と組み込まれていることです。

例えば腕に巻くメモ「リストイット」。“メモを腕に巻く”という何気ないことに思うことかもしれませんが、その“何気なさ”を作り出すということは本当にすごいことです。

気持ちを伝えるチップ「キモチップ」。チップというと現金を渡すことが当たり前かもしれませんが、「キモチップ」は、気持ちを伝えるメモをチップの代わりに渡すという小粋なものです。現在は、地方の方言をあしらったご当地キモチップを企画されており、キモチップを日本の一大文化に築き上げようとされています。

新しい文化を築くには並のことをしていては不可能です。

他がしない、しようとも思わないこと
発案者しか成功するとは思わないようなもの
しかし発案者は、発案したものの成功を強く信じて疑わないこと

以前、ハイモジモジのお二人にお会いしたとき、「自分たちはなぜ世の中がこうなっているのか、いつも疑問に思うんです。」というようなことをおっしゃっていました。

何気なく疑問に思うことが多いそうなのですが、誰でも当たり前だと思って疑わないことに疑問を持ち、行動し、更にそれを経済活動にできるということは、本当にすごいことだと思います。

普通の人であれば、日々の生活に流され、考えることから逃げてしまうようなことから逃げ出さず、いつも向き合っているのです。

それがハイモジモジさんが新しい文化を創ることができるカルチャーメーカーである理由だと思います。

文化を消費する側ではなく、新しい文化を創り出そうとしているその前向きな姿勢にいつもとても刺激を受けています。


そして今日もハイモジモジさんは、新しい文化を築き上げようと奮闘しています。


11.13.2015

起業家の信条

自分にエネルギーを与えてくることを行い、楽しむ。
どうすればうまくいくかを工夫する。
「できない」又は「多分」の代わりに「やれる」と言う。
信念とバランス感覚がある。
できるかどうかわからないときは、やってみる。
もう半分しかないより、まだ半分ある。
現状に不満を持ち改善を求める。
ほかとは別の方法でやる。
負う必要のないリスクを負わない。自分にとって適切な起業機会ならば計算されたリスクを負う。
事業が失敗しても失敗から学習する。
許可を最初から求めるよりは、後から許しをこう。
お金ではなく、起業機会と成果に執着する。
お金は、タイミングの合った優良起業機会を持った適した人材に与えられる道具であり、スコアカードである。
利益を得ることは、お金を使うよりずっと楽しい。
経営チームからヒーローを生み出す。チームは事業を築き、個人は人生を生きる。
達成に誇りを持つ。
成功に欠かせない細部に苦労をいとわない。
誠実と信頼は、関係を強固にする。
器を大きくする。
長期戦に覚悟する。すぐ金持ちにはなれない。
払い過ぎに注意する。しかし機会を失わない。

(「ベンチャー創造の理論と戦略」より抜粋、一部修正)

11.12.2015

「不便だったり、良くないことだけど、当たり前だと思って変えないこと」を変える

以前このログに「地球に生まれたあなたは、間違いなく世の中に必要とされています。
あなたの助けを強く求めています。」と書きました。具体的にどのようなことが求められているか、書きたいと思います。

社会に存在する問題をいかに解決するか
事業の大きさは解決しようとする問題の大きさに比例します。
「売上げを上げること」が目的になったとたんにその事業は終焉へと向かいます。

「不便だったり、良くないことだけど、当たり前だと思って変えないこと」を変えることが求められています。
需要と供給のギャップや、人と人とのギャップ、人と組織のギャップ、組織と組織のギャップを改善することが求められています。ギャップとは、ズレや隔たりのことです。
注意深く、地域社会や世界に目を向けてみてください。

例えば、
日本の人口はますます少なくなり、住む家は余っているのに、未来ある若者が安くよい家に住めないギャップ

生活に困窮している児童がいるにも関わらず、そんなことはお構いなしの裕福な高齢者や資産で生活をしている人がたくさんいるギャップ

窮屈なオフィスで働きたくないのに、それを改善しようとしない経営者とのギャップ

満員電車は誰も乗りたくないのにそれを改善しない利用者と電車会社のギャップ

車を所有している人はたまにしか乗らないのに、車の移動手段を求めている人に貸さないギャップ

自動車メーカーは若者に車に乗ってほしいのに、その若者が好きなカタチをした車を作らないギャップ

自然エネルギーで生活したい人がいるのにそれを実現しようとしない電力会社とのギャップ

歩きスマホは危険だというのに、スマートフォンに3方向カメラを付けそれを画面に表示させ危険を回避させたり、アラームで知らせ安全性を高めるなどの改善をしないメーカーとのギャップ

ポイ捨ては犯罪なのにそれを解決しようとしないタバコメーカーや地域社会とのギャップ

ニュースは、否定ばかりで代案を出さないダメな人と同じような取り組みをしてるのに、ニュースは絶対的に正しいとするメディアと視聴者とのギャップ

世界は日々良い方向に向かっていて、世界中では素晴らしい取り組みがたくさん行われているにも関わらず、それとは逆に、これからやってくる世界はお先真っ暗でもうどうしようもないと伝えるメディアと真実とのギャップ

後進国は食料や資源がないのに、先進国が後進国以上に食料や資源を膨大に浪費するギャップ

「戦争を止めよう」と言っている矢先に、相手の話も聞かず、ただミサイルだけを落としまくる国と国とのギャップ

それらのギャップを改善すること。
誰も未来を予測することはできないが、誰もが未来を創ることができます。
「不便だったり、良くないことだけど、当たり前だと思って変えないこと」を変えること。それがみんなに与えられた使命だと思っています。


11.04.2015

デザインとは知らない人の手に渡るまでの筋道を立て、ゴールまでを手助けすること

デザインは意匠や機能と言われていますが、ぼくは、デザインとは“知らない人の手に渡るまでの筋道を立て、ゴールまでを手助けすること”だと思います。

デザインとは“ほぼ何もないところ”から“知らない人の手に渡るまで”の筋道を一本通すこと。
デザイナーとは“ゴールまで手助けする人”だと考えています。

高知に、ぼくが日本一のデザイナーの1人だと思っている梅原さんという方がいらっしゃいます。
梅原さんが友人に頼まれて作った“栗”一つからスタートする事業計画書があります。
しまんと新一次産業の取組」のリンク
“栗”一つからここまで構想が描けるとは本当に感動です。
この事業計画書の作成からはじまり、高知の地場産の商品のパッケージデザインをしています。
梅原真さんのデザイン商品」のリンク
中身の魅力をふつふつとわき上がらせる本当に素晴らしいデザインです。

ぼくは、グラフィックデザインが本当に苦手です。そう言うと、「美大卒なのに?」「もうやってるじゃん」「うそー?!」と言われますが本当です。確かに美大には行きましたが、グラフィックデザインを習ったことは一度もないような気がします。大学では、音と視覚的表現を結びつけたり、デジタル技術とアートの組み合わせを考えたりとなかなか難解な授業が多かったです。

そんなグラフィックデザインを何も知らないぼくが、モノをデザインする上で気を付けていることがあります。

1)目的に対して機能すること
2)誰のためかはっきりさせること
3)情報の配置に疎密があること
4)情報が少なすぎず多すぎないこと
5)細部まで心遣いが行き届いていること
6)品があり、すっきりしていること
7)思いやりがあること、分かりやすいこと
8)広く受け入れられる偏りのない表現であること
です。

手順を整理すると、
①目的を決める(誰のために、何のために、どこで、どのように使われるかなど)
②必要な情報や要素を書き出す
③情報や要素を分類分けし整理する
④情報や要素に優先順位を付ける
⑤情報や要素に強弱を付ける
⑥情報や要素を削ぎ落す という具合です。

商品で言いたいことはたくさんあるので、気を付けないとすぐにぐちゃぐちゃごちゃごちゃのデザインになります。点や曲線一つにおいても表現が研ぎすまされていないと、完成度の低い偏った表現になってしまいます。上に書いた点に注意しながらデザインしていけば、ある程度は整理されたものが出来上がると思います。

商品のデザインは、その人の価値観をどうしても反映してしまいます。
ぼくは、商品のデザインを見れば、何歳くらいの人が作っているかだいたい分かる気がします。
今の車のデザインの可否を出しているのは50〜60歳だと思いますし、一般に流通している商品のデザインの可否を出しているのは45〜55歳くらいだと思います。
今の車のデザインは昔夢見た未来の形を作っているように見えますし、商品パッケージはバブル期の売上げ至上主義で計算高いイヤラしさから抜け出せていないように見えます。

10代から20代の人が作っているものも見ると分かります。表現の幅が狭いように感じたり、完成度に対して甘さを感じるときがあります。しかし驚くほど純粋無垢でけがれていない強さを感じるときがあります。

デザインは表現なので、その人の価値観やその人の生き様、その人が生きている世界や時代の価値観を強く反映します。デザインを決める人の価値観が時代遅れだったり、偏った価値観だと多くの人から共感してもらうのは難しいと思います。

独りよがりのデザインから抜け出すには、とにかくたくさん作ってみて多くの人の意見を素直に聞いてみたり、よいものをたくさん見て素養を身につけ、自分の表現を客観的に捉えることができる能力を身につけるしかないと思っています。

これからの時代、デザインがよくなければ、絶対に生き残ることはできないと思っています。